フィットネスでマーシャル系&ヨガをこなして~時間的にも体力的にも余裕もあったので、徒歩圏内の目黒不動尊まで…狛犬もマスクをしていました。
何故か、二宮金次郎(尊徳)の銅像があり。初めて、彼が残した言葉を知りました⇒「ふえせかい≒増え世界≒発展していく~」。
小学校で出会った(?)二宮金次郎。何故、殆どの学校にその像が設置されているのか「?」な感じもしていましたが、今日、ウィキペディアでの
二宮尊徳を見て納得&興味拡大。以降、色々なサイトを見ながら時を過ごしてしまいました。
★二宮尊徳の思想や方法論を「報徳」と呼びます。これは、「万物にはすべて良い点(徳)があり、それを活用する(報いる)」という彼の思想に対して、小田原藩主・大久保忠真から「汝のやり方は、論語にある以徳報徳であるなあ」とのお言葉をいただいたことによります。これら「報徳思想」や「報徳仕法」は、尊徳の子孫や弟子たちに受け継がれ、広まっていきました。渋沢栄一、安田善次郎、鈴木藤三郎、御木本幸吉、豊田佐吉といった明治の財界人・実業家や、松下幸之助、土光敏夫、稲盛和夫といった昭和を代表する経営者たちにも多大な影響を与えたといわれています。
★尊徳の言葉、下記以外にも多々あって楽しめます~(^^)v
大事を成さんと欲する者は、まず小事を務むべし。大事を成さんと欲して小事を怠り、その成り難きを憂いて、成り易きを務めざる者は、小人の常なり。それ小を積めば大となる。
善悪と言っても、天が決めたものではなく結局、人間にとって便利かどうかだけの話である。
あらゆる荒廃は心の荒蕪から起こる。人の心の荒蕪、心田を耕すことですべてのものが豊かになる。
湯船のお湯をかき寄せれば、自分のほうに引き寄せられるが、その後にお湯は向こうに流れていってしまう。 反対にお湯を押し出せば、自分の前から流れて行くが、少し後にはお湯が自分の方に戻ってくる。少し押せば少し返り、大きく押せば大きく返る。奪うに益はなく、譲に益がある。
尊い人の道も書物に書いた時は、世の中を潤すことはなく、世の中の役に立つこともない。それは、水が凍ったようなものである。この氷となった書物は、胸中の熱を使って元の水に戻さなければ役に立たない。書物を理解して実行する力を尊ぶのである。
因というのは、たとえば、蒔いた種のことだ。これを耕作培養するのが縁だ。種を蒔いた因と、培養した縁とによって秋の実りを得る、これを果というのだ。
あなたは心得違いをしている。それは運が悪いのでもなし、神明の加護がないのでもない。ただ、あなたの願うことと、することが違うからいけないのだ。
経文といい経書といい、その「経」という文字は、もともと機の縦糸のことだ。だから縦糸ばかりでは用をなさず、横に日々実行を織りこんで、はじめて織物として役に立つのだ。横に実行を織りこまず、ただの縦糸だけでは役に立たぬことはいうまでもない。